青山実験工房
「中有」(ちゅうう)詞章
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地謡「あしひきの 山葛 眞朱(まそほ)に濡れし 木の下の 霧(き)らう細道 めぐり来て つづら八十折(やそおり) 五十坂(いおさか)の 黄泉(よみ)の道とは なりにけり。
(これやこの 下照る紅葉 かいくぐり 隠処の 沢たづみなる 石根踏み いゆきもとほる まぼろしの いつか啓けし 山路かな。)初演よりこの節すでに省略 地謡「秋に聴けば 地に殷(どよ)もして発(おこ)り 風に散れば 雲に入りて悲し。 あかりのはての あかりはや。 ねむりのはての ねむりはや。 腐れ葉の 音(ね)に鳴る道の 細道の 蹠(あなうら)寒く 踏み行くは 肋縞骨(あばらしまほね)。 シテ「葉を抱ける寒(ふゆ)の蝉は靜(ひそ)かに 山に歸る独りの鳥は遅し。蛍如(な)す ほのかに聞きて 大地(おおつち)を 炎と踏み 立ちて居て 行方も知らず。萬方(ばんぽう) 声は一概(いちがい) 吾が道は 意(つい)に何(い)ずくに之(ゆ)かんとする。 地謡「五月蠅(さばえ)なす 鎭魂歌(たましづめうた)。往き暮れし 乞食者(ほがいびと)等の 煮え沸(たぎ)つ粥炊(しゅくすい)を施行受く如く 舌燒け泪(なんだ)地に垂るる。誄歌(なきうた)は 激(たぎ)つ川の瀬。魂呼ばう声の乾声(からごえ)。浸(し)みわたる木枯声(こがらしごえ)。 シテ「紅葉山。虚空に隻手(せきしゅ)を伸べ 五指を屈し 五指を開く 紅蓮大紅蓮(ぐれんだいぐれん)。 地謡「四方(よも)の梢は血の網の 風を捕えて陽(ひ)も重く あら物凄(ものすご)の姿かな。焦熱(しょうねつ)大焦熱(だいしょうねつ)。 シテ「ここの担(たいら)に紅葉を焚き。殯(もがり)の庭とはなさん。白骨を組んで玉樓を築き 黒炎を巻いて金殿を現(げん)ず。 地謡「五界(ごかい)無明(むみょう)に焦(に)るといえど。 シテ「闇はあらじ 畢竟(ひっきょう)闇はあらじ。 地謡「眼底(まなそこ)深く灼(や)くるとも 天津日の韻(ひびき)を忘れめや。 地謡「紅葉谷。鼓角(こかく)すなり縁辺(えんぺん)の郡(ぐん)。川原(せんげん)夜(よる)ならんと欲する時 胸轟かす山の音(ね)は 修羅の哮(たけ)びか。哀(かな)しき。 地謡「見る目 聞く耳 嗅ぐ鼻の 滴り去りし辛塩(からしお)の生命(いのち)の血潮索(もと)めては おどろに鬨(とき)をあぐるなり。 地謡「沈みはつる入り日のきわに あらわるる 霞める山の奥の峰 黒土淨衣の蝉の羽根と 透けし地底に 這いわたる木々の白根は 熱鉄無慚の夜の汗に 業(ごう)苦(く)の身をば褨(よじ)るなり。盤根錯節(ばんこんさくせつ)惨(さん)たる中に かき抱く小丸子(しょうがんす)の 疼(いた)みは深く鋭き。 地謡「愚かなりや 陽を逃(さ)けて 穢土(えど)の衾(ふすま)をかづくとも 痴(おろ)かなりや 陽を求め 蒼天に十枝を伸ぶるとも 一定(いちじょう) 無声(むしょう)の呼声に めざむる夜半の月の影。 シテ「往時渺茫(おうじびょうぼう)としてすべて夢に似たり。 地謡「三山(さんざん)の 陰遠くして。 シテ「稚(わけ)ければ道行知らじ。 地謡「降りまどう粉雪落葉(こゆきおちば)の さらさらに 思いぞ飽かね 白珠の まなぶた鎖(と)じて ひたすらに 中有の道に いそぎけり。中有。 *大まかには初演時の台本によるが、実際の場面に従って「地謡」「シテ」を分けた。 *ただし、地謡は実際には一部一人で謡ったり輪唱するところがある。 *行の空いているところには、だいたい演奏が入る。 謡のリズム感の変わる所で改行しているところもある。 *初演台本で使用されている旧漢字はなるべく使ったがすべてではない。 *初演 1959年1月16日・17日 「二つの舞台作品と室内楽」 産経国際会議場 作曲/福島和夫 演出・節付/観世寿夫 美術/福島秀子 舞台監督/中村直 出演/観世寿夫(シテ) 地謡/観世榮夫・観世静夫・若松宏充 指揮/岩城宏之 演奏/本荘玲子(ピアノ)・黒沼俊夫(チェロ)・林リリ子(フリュート) *再演 2018年12月7日 「第二回青山実験工房」 銕仙会能楽研修所 作曲/福島和夫 節付/観世寿夫 演出/清水寛二 演出協力・美術/川口智子 舞台監督/伊東龍彦 美術製作/角田美和子 出演/清水寛二(シテ) 地謡/小早川修・北浪貴裕・谷本健吾 指揮/森本恭正 演奏/高橋アキ(ピアノ)・松本卓以(チェロ)・木ノ脇道元(フルート) (無断転載はご遠慮ください。) |